じゃがたら "もうがまんできない"



@iganyann
「ちょっとの搾取ならがまんできる」。ちょっとの搾取なら「心の持ちようさ」と自分に言い聞かせて(あるいは、搾取している側の人間に、そのような言葉でてなずけられても)がまんできる。

では「ちょっとの搾取」でないなら?タイトルどおり、「もうがまんできない」。ただ、これは搾取がちょっとかちょっとでないか、という単純な区分で冷静に判断できるようなものでもないだろう。なにかわからないけど、「もうがまんできない」という瞬間が、ある日、やってくる。「心のもちようさ」というおためごかしの呪文が通じなくなる日がくる。

「心のもちようさ」というのは、ここでは反語的な、腐った救済の言葉として繰り返される。もちろんそれは単におためごかしの言葉であるだけではない。ときには救済の言葉になったりもする。そういう言葉にすがりたい弱い自分、そういう言葉に我慢できない怒り。そういう揺れる人間存在、搾取する側もされる側も、どちらにもごまかしはある。それは腐ったことでもあるし、悲しい事でもあるし、また、笑える話でもある。

……とか、なんとか解釈しておけばいいと思う。

『ー。』(裕)

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